p進距離はなぜ特別か?
数学界隈のtwitterを見ていると「p進距離」、「p進数体」、「p進付値」とやたら[p進〜」という言葉を目にします。そこで今回は有理数体上の「p進距離」に注目します。「p進距離」は一見不思議な距離の定義ですが、オストロフスキーの定理 - Wikipediaを紹介、証明することで、通常の距離と同じくらい自然なものであるということを紹介することが目的です。言わずもがなですが、は素数です。つまり1つ1つの素数に対して、何か距離を定める規則が1つ決まると思ってください。
流れとしては下記となります。
- 距離とは何か
- 距離の例
- ノルムとは何か
- ノルムの例
- ノルムから距離の導出
- p進ノルムとp進距離
- オストロフスキーの定理とその証明
距離とは何か
数学は同じ概念を持つ対象から、それらが持っている性質の本質(エッセンス)を抽出し、逆にその本質をもって概念を定義し直します。距離という概念に対しても日常生活で使用しているユークリッド距離以外に、マハラノビス距離、ハミング距離など対象や用途によって様々な距離があります。
これらの距離の性質から本質を取り出し、距離を数学的に定義すると下記のようになります。
空でない集合に対して、からへの写像が、次の1)〜3)を満たすとき、を集合上の距離関数と呼び、集合の2点、の距離をで定義する。
1) に対して、「」が成り立つ。
(同一の点間の距離は0だし、2点間の距離が0ならその2点の距離は0という当たり前のこと。)
2) に対して、「」が成り立つ。
(との距離はとの距離と等しいという当たり前のこと。)
3) に対して、「」が成り立つ。
(からへ行きたい時、どこか別の点を経由すると歩く距離が長くなってしまうという当たり前のこと。)
逆にどんな関数でも、この条件を満たせば距離関数と呼んでよく、距離関数によって集合上に距離が定まることになります。
なお、空でない任意の集合に対して、距離関数を、
で定義すると、これは明らかに距離関数の条件を全て満たします。
この距離関数によって定まる距離を自明な距離と呼びます。
また、2つの距離関数とに対して、「」が成り立つとき、2つの距離は同じ位相構造を定めると言います*1。
今回のテーマのp進距離は有理数体上の距離関数で定義される距離です。その具体的な関数の形はまた後で見ていきます。
距離の例
例えば、次の3つの関数はいずれも上の距離関数になります。
距離関数の条件を満たすことは実際に計算することでわかります。
これらの距離関数がどのような距離を定めているかは、図示するとわかりやすいです。
中学、高校では平面上の2点の距離(つまり、線分の長さ)はから定まるユークリッド距離で計算しますが、数学的には、のような通常とは異なる距離も立派な距離になります。図示するとわかりますが、、、は同じ位相構造を定めます*2。
ノルムとは何か
ノルムは通常ベクトル空間に対して定義されますが、有理数体などの体は、自分自身の体の上のベクトル空間と見なせます。本記事で扱うノルムは有理数体上のものに限られるため、ノルムの定義は最初から体上に定義する形で与えます。
ノルムは中学校で習った絶対値()の一般化です。距離の性質から本質を取り出して、改めて数学的に距離を定義した時と同様に、絶対値で成り立っていた性質から本質的なものだけを取り出して、ノルムの定義としています。
体に対して、からへの写像が、次の1)〜3)を満たすとき、を集合上のノルムと呼ぶ。
1) に対して「」が成り立つ。
2) に対して、「」が成り立つ。
3) に対して、「」が成り立つ。
(今後、がノルムのとき、をの様に絶対値の記号を用いて書く。)
2つのノルムと、及びに対して任意のでが成り立っている時、この2つのノルムは同値であるといいます *3。
ノルムの例
距離の時と同様に、次で定義されるは明らかにノルムの条件を満たします。これを自明なノルムと呼びます。
また、中学校の時に習った絶対値も、当然有理数体上のノルムになっています。本記事ではこのノルムを、通常のノルムと呼び、で表します。
通常のノルムと、が与えられた時に、もノルムとなります。実際ノルムの条件1)、2)を満たすことは明らかです。
3)に関しても、
となり、確かに3)も満たしていることがわかります。
ノルムから距離を構成できる
一般に体上にノルムが与えられているとき、に対して、
と定義すると、これは距離関数の条件を満たすことが簡単に示せます。簡単に示せるわけは、距離関数の条件とノルムの条件はとても似通っており、元々ノルムは距離の一般化として生まれた概念だからだろうと思います。
自明なノルムからは自明な距離が、通常のノルムからは通常使うユークリッド距離が導出されます。
先の例ではもノルムとなっていましたが、からは明らかにユークリッド距離と同じ位相構造を定める距離が導出されます。一般に2つのノルムが同値であれば、そのノルムから導出される2つの距離は同じ位相構造を定めます。
「ノルムから導出される有理数体上の距離で、この2つとは違う位相構造を定めるものは他に何があるの?」「残りはp進距離(と同じ位相構造を定める距離)だけですよ。」というのが本記事で言いたいことです。
p進ノルムとp進距離
有理数体上にp進ノルムと呼ばれるノルムを定義します。
一見わかりにくいですが、例えば、
ですし、
となります。
このp進ノルムから構成される有理数体上の距離をp進距離といい、距離関数をで表します。
これは通常のユークリッド距離と同じ位相構造を定めません。
それが分かる1例として、、、、、、、という有理数体上の点列を考えるとこの点列は通常のユークリッド距離では明らかに収束せずに発散しますが、とした進距離ではとの距離が、、、、、、となるので、に収束します。よってユークリッド距離とp進距離は同じ位相構造を定めません。とが相異なる素数の時、進距離と進距離が同じ位相構造を定めないことも明らかでしょう。
オストロフスキーの定理とその証明
ざっと距離、ノルム、p進距離について記載しましたが、本記事で一番いいたいところ、
有理数体上で互いに同値でないノルムは、自明なノルム、通常のノルム、p進ノルムに限られる。
同値なノルムから導出される距離は同じ位相構造を定めていました。オストロフスキーの定理から、ノルムから導出される有理数体上の距離は、同じ位相構造を定める距離にのみ注目すると、自明な距離、ユークリッド距離、p進距離の3種類しかないということが言えます。自明な距離と、私たちが通常使うユークリッド距離に並んで、p進距離が登場しています。よってp進距離は特別!!
では最後にオストロフスキーの定理を証明します。証明は、
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を上の自明でないノルムとします。
次の2つは互いに排反であり、どちらかが必ず成り立っています。
まず、前者だった場合を考えます。自然数に対して
つまり、となるので、となる自然数に対し、ある実数が存在して、
とおくことができます。
任意の自然数に対して、これを進法で展開します(中学校で習った10進法で表されている整数を2進法で表すやり方と全く同じです。)。
ただし、かつ、とします。これはが進法でと表せることを意味します。
また、は進法で桁の数ということで、
が成り立っていることもわかります。(というよりこれが成り立つようにを決めています。)
ノルムの性質から、
つまり、
となります。
ここで、は下記で定義されるに依存しない定数です。
はに依存しないので、を自然数としてをに置き換えると、
より、
となり、とすることで、
が成り立ちます。
次に、はよりも小さい自然数だったので、を自然数として、とおきます。ただし、であると、が成り立たなくなってしまうので、です。
任意のについてを示しましたので、当然についても成り立っています。
今、より、ノルムの性質で、
となり、最初の方で示したと先ほど示したを用いると、
となります。ここで、は下記で定義されるに依存しない定数です。
先ほどと同様にに対して、をに置き換えると、
となり、
から、とすることで、
が成り立ち、先ほど、が成り立つことも示していたので、結局、
であることがわかりました。
最後に、のでない元を(とは自然数)と表すと、
となります*4。
まとめると少なくとも1つの自然数に対して、ならば、ノルムは通常のノルムと同値であることがわかりました。
では次に、後者の場合、つまり、任意の自然数に対してである場合を考えます。
任意の素数に対してであるとすると、どんな自然数も素数の積で書けるため、ノルムの性質からとなり、これから全ての有理数に対してが導けてしまいます。これはが自明なノルムでないことに矛盾するため、少なくとも1つの素数に対してとなります。
ここで素数とは異なる素数に対しても、であると仮定します。このとき自然数、を十分に大きく取れば、
が成り立ちます。
とは互いの素なので、ある整数、が存在して、となります。そして今任意のに対してである場合を考えているので、、となっており、以上から次の矛盾が得られ、と異なる素数でとなることはないことがわかります。
ここまでをまとめると、任意の自然数に対してである場合はただ1つの素数が存在して、
となり、以外の任意の素数に対しては
となります。ただしはを満たす定数です。
あと少しです。以上から、自然数がと互いに素であれば明らかにとなります。
最後に、のでない元を(、はと互いに素な整数)と表すと、
となり、なので、これはp進ノルムと同値なノルムであることがわかります。
なんとも鮮やかな証明です。
明日はたけのこさんの保型形式のお話です。お楽しみに。
o-v-e-r-h-e-a-t.hatenablog.com
*1:2つの距離が同じ位相構造を定めることは、2つの距離が同値(ある、が存在して、任意の、に対してが成り立つこと。)であることより広い概念です。2つの距離が同値であれば同じ位相構造を定めますが、一般にその逆は成り立ちません。
*2:同値でもあります。
*3:通常ベクトル空間のノルムに対しては、その同値性を「任意のベクトルに対して、 ]となる、が存在すること」と、定義します。しかしこの定義では後述するオストロフスキーの定理が強く見えまえん。この同値性を採用してしまうと、有理数体上で互いに同値でないノルムが自明なノルム、通常のノルム、p進ノルム以外にも例えばというノルムが存在してしまいます。
*4:この式変形で暗黙で使った、、及びは、ノルムの定義から簡単に導けます。